京都大学 学術研究展開センター Kyoto University Research Administration

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対話型ワークショップ「Responsible Conduct of Research – そろそろ真剣に公正な研究について考えてみないか? – 」 を開催いたしました(2014年12月15日)

01.19 (Mon)2015

2014年12月15日、京都大学百周年時計台記念館にて、対話型ワークショップ「Responsible Conduct of Research – そろそろ真剣に公正な研究について考えてみないか? – 」を開催しました。このワークショップは、文部科学省による「リサーチ・アドミニストレーター(URA)を育成・確保するシステムの整備」事業の一環として、大学や研究機関に所属するURAおよび教職員を対象に企画・実施されたもので、米ユタ大学の Tony Onofrietti 氏を講師に迎え、講義とグループ討議を通じて研究における「不正」とは何か、「公正な研究活動とは何か」について考えました。

○ワークショップ開催の背景
ここ近年、研究にまつわる様々な不正について、新聞やテレビで報道される機会が増えています。世界ではこれまでに、超伝導研究におけるヘンドリック・シェーン事件や、胚性幹(ES)細胞論文の不正が明らかになった黄禹錫(ファン・ウソク)事件などが知られています。日本でも21世紀初頭の旧石器捏造事件や、近ごろでは「STAP細胞」に関する報道によって、研究者以外の人々からも「研究における不正」への注目が高まっています。

一方で、研究者や研究に関わる側にとって、具体的にどういったことが「研究不正」なのか、客観性や実証性が根幹をなす研究活動の中で「不正」が起こりうる背景は何なのか、突き詰めて考えたり議論したりする機会は多くありません。そこで、京都大学学術研究支援室(KURA)では、より公正な研究活動についての理解を深めるため、米ユタ大学で研究倫理教育やリサーチ・アドミニストレーター教育を担当するTony Onofrietti 氏を招いて、「研究不正」について考える機会としてワークショップを開催しました。

講師のOnofrietti氏(米ユタ大学)

○双方向なワークショップ
参加者は京都大学や同志社大学のリサーチ・アドミニストレーター(URA)のほか、大阪大学や京都大学医学部附属病院の教員ら15人。アンケート集計ができるリモコンを受け取って4チームに分かれて着席しました。参加者は講義中、Onofrietti氏が問いかける質問にリモコン操作で答え、その集計結果がその場で分かる仕組みです。

話者の問いかけに参加者が答えながら進む形式は、講義を一方的に聴く受け身的な座学ではなく、参加者自身がその場でテーマについて考える必要があり、集中力が途切れにくいインタラクティブなものでした。講義の初めには参加者がリモコンを使った回答に慣れるよう、性別やURAの経験年数などが聞かれたほか、参加者が過去に「研究不正の疑いがある行為を目にしたことがあるか」などが質問されました。この質問には参加者の62%が「目にしたことがある」と回答、実際に現場で疑わしい事例が多く発生していることが示されました。

講義の後は、Onofrietti氏が取り上げた研究不正に関する実例を各チームごとに議論し、判断結果を共有しました。どの実例も、不正か否かの判断が難しかったようで、チームごとに下した結論が異なり、普段から研究の現場に近いURAや教員にとっても、研究における不正か否かということは、白黒が簡単につけられないことが分かりました。

○研究における「不正」とは
Onofrietti氏はまず、現在の基準で見れば研究不正に相当すると考えられる、歴史に残る研究を紹介。「遺伝学の祖」と称されるメンデルが行ったエンドウマメの交配実験や、ガリレオ・ガリレイの観察結果、ニュートンによる計算結果が、いずれも研究者の仮説に沿うように選ばれたり操作されたりしたと指摘し、いずれも現在の基準においては「研究不正」と判断されるだろうと説明します。しかし、時代背景も研究に対する考え方も異なる歴史上の研究に、現代の基準を適用することはできないとしています。

その上で、「研究」とは何か、またどういった行為が「不正」なのかを明確にしました。これは、議論を前に参加者全員の判断基準をそろえるために大切なポイントです。「研究」も「研究における不正行為」も、米国では連邦規則集(Code of Federal Regulations、CFR)で定義されており、さらに「研究における不正行為」と判断する基準も厳密に決められています。研究における不正行為を考証する上で、この定義と基準に沿って事例を検証することが必要だと、Onofrietti氏は強調します。

CFRの定義によると、研究における不正行為は「Fabrication(ねつ造)」と「Falsification(改造)」、「Plagiarism(盗用)」の三つです。この三つについて、いずれも研究を行った人物や研究の信用性については関係ありません。さらに、異論や計算ミスといった純粋な誤りは、不正とは見なされません。この点を参加者全員が納得するまで何度も確認し、ケーススタディに移りました。

○参加者が判断すると・・・?
まず、Onofrietti氏が事例として「研究上の行為」をいくつか挙げ、その行為が不正かどうかを参加者が判断しました。例えば、博士課程を修了した研究者が共同研究者の大学職員をセクシュアル・ハラスメントで訴えた事例について、この「訴え」が「研究における不正」だと考えた参加者はゼロで、全員が「不正ではない」と回答しました。

一方、若い研究者が独自に開発した心理アセスメントの尺度について、同僚が自分の研究に借用し、米国立保健研究所(NIH)からの支援金申請時に使った事例については、不正にあたらないと考えた参加者が43%、不正に相当するとみなした参加者が57%と、判断が大きく分かれました。リアルタイムに集計された結果が大きく分かれていることに、参加者も驚いた様子でした。

この事例では、研究者は開発した尺度を論文といった形で発表していなかったものの、同僚が研究者の許可を得ずに自分の研究で用いたため、研究者のアイデアを「盗用した」と見なされ、「不正に相当する」となります。もしも、同僚が研究者の許可をとってアイデアの出典を明らかにしていれば「不正ではない」となります。

このように、研究における不正行為かどうかは、実際に研究の現場に近い人間にとっても単純に判断できるものではなく、その研究をとりまく状況などによって大きく変わってきます。そのため、不正かどうかを判断するには常に「不正行為とは何か」という定義に立ち戻り、ひとつひとつの事例を精査する必要があると、Onofrietti氏は訴えました。

○簡単には下せない判断
最後に、Onofrietti氏から具体例が示されました。とある大学院生が引き起こした事例が研究不正かどうかを、参加者が大学の教職員の立場として判断するというケーススタディです。参加者に配られた用紙には、盗用の疑いがかかる事例の状況について詳細に書かれており、チームごとに議論して結果を発表します。時間は約15分。参加者がそれぞれ、自分の意見を出して話し合いが始まりました。

各チームとも議論が白熱する中、Onofrietti氏からは研究不正の判断基準を再確認するよう声がかかります。しかし、状況と背景を見る立ち位置を変えると、判断も大きく変わってくる微妙な事例に、参加者は白黒をはっきりとつけかねている様子。Onofrietti氏も、簡単に判断を下せない問題だと指摘しています。

各チームがこの事例について不正かどうかの判断を下したあたりで、残念ながら会場が時間切れ。結果についての議論は持ち越されました。参加者はこの事例について、じっくりと検討する時間が与えられ、回答も自分で導き出すことになりました。

 

○公正な研究のために
今回のケーススタディを通して何度もOnofrietti氏が強調したのは、不正の「定義」と「判断基準」、そしてこれらに厳密に従うことです。この点を明確にしても、検証する人物の立場や考え方によって判断が大きく変わることも分かりました。また、白黒の決着がつかず限りなく黒に近いグレーなケース、またその逆もあり得ることが見えてきました。

現在、IT技術の発達とインターネットの普及により、研究不正を理由とした論文の撤回が急増しています。どの研究分野においても、誰もが研究不正と直面する可能性が生じています。そのため、Onofrietti氏は、研究不正をあぶり出すだけではなく、研究不正を未然に防ぐための教育も重要だとしています。

Onofrietti氏が勤務するユタ大学では学部生だけではなく、大学院生や教職員を対象に公正な研究を考えるためのコースを提供しています。しかし、この「公正な研究」についての基準などの歴史はまだ浅く、サイエンスを始めとした各研究分野では浸透していません。まずは研究者自身が公正な研究について理解を深め、自分の行動が不正となっていないか意識すること。そして万が一、自分が研究不正に関係しているのではないかと疑問を感じた時にはすぐに、指導者や周囲の人々、他機関に所属する研究者やしかるべき組織に相談して欲しいと締めくくりました。

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